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「研究こそが医学の生命線」

第2検査科部長  川口 誠

 医療における治療法は日々進歩し、世界中の研究成果から得られた確たる証拠に基づき治療法が選択される。この医学の進歩は、日常的に出る疑問を解明しようとする小さな活動精神から生まれる研究によりもたらされる。2006年ノーベル化学賞を、遺伝情報の転写の仕組みを解析した功績で、ロジャー・コーンバーグ教授が授賞、父アーサー・コーンバーグ氏との親子2代の授賞となった。医師であったが研究の道を選び、1959年にDNA合成の研究でノーベル医学生理学賞を受賞したアーサー・コーンバーグ氏と、その息子のロジャー氏を、「生まれつき頭脳が違う」とあっさり決めつけることは簡単である。ひるがえって、自分という臨床病理医を、頭脳のさえない医師と卑下し、「職があるだけありがたい」と考える、これもまた簡単な事である。しかし思えばコーンバーグ氏も自分も、医師を志したスタート時の医学の進歩に貢献したいという思いは同じだったはず。私は1992年にアーサー・コーンバーグ氏の「それは失敗からはじまった(邦題)、For the love of Enzymes (原題)」を初めて読んだ時の感動が忘れられない。酵素の精製過程も興味深いが、彼が自分の人生を振り返って書いた最後の章の一文、それが特に印象に残っている。この一文を是非皆さんにも紹介したい。これを読めばあなたにノーベル賞も、などと言うつもりはない。日々の診療、診断時に医師として勉強を欠かさないのは心構えとして当たり前である。自分の疑問を研究の継続によって解き証し、何としても医学の進歩に貢献するという姿勢を忘れがちな自分という医師の尻を蹴飛ばす意味で、常に読み返したい内容だと思う。実はこの本、1994年に友人に譲ってしまい、今回、また読み返したいと思い立ち、昨年、古本で手に入れた。偶然にも古本表紙の裏に、コーンバーグ氏直筆のサイン入り(しかも、宛てた名前が私の名前と同じという偶然)というおまけが付き、「日々の診断のみに流されず、自分の疑問を解く事をおろそかにしない気持ちを持ち続けなさい」という警告、励ましだったと、自分勝手に解釈している。本の中で特に好きな、「疑問の中からただ1つ」、「医学の知識を進めるために貢献」、「医科学の常識を作り直す」、「研究こそが医学の生命線」とかのフレーズだけを引用し、自分の気持ちを説明してもよいのだが、この文章を読む方々に間違った印象が伝わるのを避けるため、全文引用したい。古本の表紙裏のサインの内容、本からの引用文章は以下のごとくである。これを読むといつも私の心に浮かぶ感想は書かないでおく。「To: Makoto, With hope that you will be successful in promoting support of science research. My best wishes. A. Kornberg. 」「私はもし自分が臨床的な活動をしていれば、一般の医師たちが常に遭遇している数多くの摩訶不思議な事に落ちついていられず、それに興味を示すようになるであろうと思う。そして私は、そのようなたくさんの疑問の中からただ1つを選ぼうとするであろう。そしてその疑問点は、私の患者から定量的なデータを手に入れる事ができるようなことに関する疑問であるだろう。私はデータを集め、それらを整理して解析し、そしてまた次のデータを集めるであろう。このような活動精神によって、私の医師としての技術はますます磨かれるに違いない。しかしそれよりももっと重要なことは、ある疑問を解決するために時間をかけ、入念にデータを集積した後に、例えそれがどんなに小さなものであっても、医学の知識を進めるために貢献をしたのだと確信できることである。例え微々たるものであっても、医学の知識が進歩しない限り、それは後退を意味するのである。なぜならば現在の状態は常に新しい問題、すなわち新しい毒素や抵抗性を持った病原体、健康と病気に関する根拠の無い迷信などによるチャレンジをうけるからである。経験は我々に、研究こそが医学の生命線であることを教えてくれた。もしも何万という臨床医たちが、一生の間に一度でも、いかにして彼らが医科学の常識をつくり直したかをレポートすることができるとすれば、何とすばらしい貢献を医学にもたらすことであろうか!」

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