(ろうさいニュース第9号掲載)
むくみについて
新潟労災病院 第2内科部長 古寺 邦夫
むくみ(医学的には浮腫といいます)を理解していただくには、まず人体の水分組成についての予備知識が必要になります。人体の液状成分を一般に体液といいます。体液は体重の約60%(女性は55%)を占め、その大部分は水分です。体液は細胞内液(40%)、細胞外液(20%)に分けられ、細胞外液はさらに血管の外にある間質液(15%)、血管内の血漿(4%)、リンパ、脳脊髄液(1%)に分けられます。健康人の体重は飲食物の量に関係なく非常に安定していますが、これは体液の量、特に細胞外液量が一定に保たれているからです。浮腫とは細胞外液のうち間質液が病的に増加した状態と定義されます。浮腫には、間質液の増加が局所的に生じる局所性浮腫と、全身的に増加をきたす全身性浮腫があります。全身性浮腫は軽度の場合には体重の増加として認められるだ
けですが、さらに浮腫が高度になると、指で押した跡(指圧痕)が残るようになります。このような状態では患者さんの体重はすでに約10%(水分として5〜6?)増加しているといわれています。浮腫は伸展性に富む部分に生じやすく、眼瞼周囲、下腿、足首、足背が好発部位です。以下、局所性浮腫、全身性浮腫に分けて説明します。
@局所性浮腫:末梢血管の異常による浮腫のことをいいます。最も多い原因は静脈圧の上昇です。この型の浮腫の最も普通の形は起立時の下腿の浮腫です。血栓性静脈炎、静脈血栓症、腫瘍、動脈瘤その他による外部からの静脈圧迫などにみられる浮腫、静脈瘤による浮腫がその例です。うっ血性心不全の肺うっ血も肺静脈圧が上昇するために起こります。乳癌や子宮癌の術後の浮腫はリンパの流れが悪くなった結果で、静脈閉塞と同様の機序によるものです。火傷、外傷、炎症、アレルギーなどでは毛細血管の水分に対する透過性が亢進するため、血管内から間質へ水分が移動し浮腫が出現します。
A全身性浮腫:細胞外液量は腎臓から排泄される水分の量およびナトリウム(Na)の量によって調節されています。浮腫が起こるような病態では、細胞外液量は増加しているにもかかわらず、有効に体内を回っている血液量(有効循環血漿量といいます)が減少しています。腎臓はこれを細胞外液量の減少と感知して、Naを体外に尿として出さないようにします。その貯えられたNaがどんどん間質液に移行し、これが浮腫としてみられます。また毛細血管にかかる血管内圧と、アルブミンを主とした血漿蛋白が血管の中に水を保持しておく圧(膠質浸透圧といいます)のバランスが崩れても浮腫が起こります。血清アルブミン濃度が膠質浸透圧を主に規定しているため、低アルブミン血症では血管内から間質へ水分が移動し浮腫が出現します。
臨床的に非常に頻度の高い浮腫を伴う全身性の疾患には、
1)うっ血性心不全(心性浮腫)、
2)肝硬変(肝性浮腫)、
3)急性糸球体腎炎、腎不全、ネフローゼ症候群(腎性浮腫)があげられます。最も頻度の高いうっ血性心不全では、全身の静脈圧の上昇と先述の腎血流量の減少の2つが浮腫の主な原因です。肝硬変の場合には、いろいろなメカニズムがありますが、門脈圧上昇、低アルブミン血症による膠質浸透圧の低下、有効循環血漿量の減少、肝による下大静脈の部分的な圧迫などが複合して、特徴的な腹水や全身性浮腫を形成します。急性糸球体腎炎、腎不全ではいずれも腎機能が全般に低下しNaを尿中に排出できる能力が減っているので、細胞外液量が血管内にも間質液にも全体として増えているという共通した病態があります。従って浮腫の他にむしろ血圧の上昇、肺うっ血のような症候が前面に出てきます。一方、ネフローゼ症候群では尿中に大量のアルブミンが漏れでて、血液中のアルブミンが著しく減少するのが特徴です。このため膠質浸透圧が低下し、時に高度の全身性浮腫を形成します。
その他の全身性浮腫を伴う疾患には甲状腺機能低下症(粘液水腫)、低栄養、妊娠中毒症などがありますが、どうしても原因のわからない特発性浮腫というものもあります。これはほとんどが女性で、女性の原因不明の浮腫としては比較的多いといわれています。ステロイド剤、ある種の降圧薬、解熱鎮痛薬、糖尿病治療薬、漢方薬などによる薬剤性浮腫も意外に頻度が高く、常に念頭におく必要があります。ただし患者さんは自己判断をせず、減量、中止(特にステロイド剤)は必ず主治医の先生の指示を受けてください。
浮腫の治療に利尿薬がしばしば用いられていますが、あくまでも対症療法の一つであり、原因に対する治療が最も重要であることはいうまでもありません。
以上、述べてきましたように、浮腫にはほとんど心配ないものもありますが、時に重大な疾患が診断されるきっかけになることも珍しくありません。たかが“むくみ”と思わずに、無症状でも持続するときは是非きちんと検査を受けられることをお勧めします。