ろうさいニュース

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(ろうさいニュース第24号掲載)

病院で良い治療を受ける方法について

新潟労災病院 呼吸器外科医師 能勢 直弘

【治療方針を決めるのは誰?】
 以前、早く癌の治療をしなくてはならない患者さんがいました。その患者さんはどうしても仕事が休めないとの理由で、「仕事が落ち着くまで治療は待って欲しい」とおっしゃいました。癌が大きくなって食道を圧迫しかけていたので「仕事と命とどっちが大事なのですか!早く手術をしないとご飯が食べられなくなりますよ!」と早く手術を受けることを強く勧めましたが、「いま仕事を休むと私どころか私の家族も路頭に迷って、ご飯がたべられなくなります。」と断られました。私はそれ以上何も言えず、結局患者さんの仕事が一段落した数ヶ月後に手術は行われました。
 この患者さんは医師の私でなく、患者さん自身の決めた方針により手術を数ヵ月後に延ばしたわけですが、「早く手術をしないと命にかかわる」という私の予想は見事にはずれ、現在も元気に生活しておられます。

【医者にかかる10か条】
 治療方針を決めるのは患者さん本人です。そして良い治療とはそれがどんな治療法であれ、患者さん本人が選んだ治療法です。しかしそれは患者さんが医師の説明する治療法について十分理解し、納得していることが大前提です。
 厚生省(現厚生労働省)からの委託で(財)日本公衆衛生協会が1998年に作成した「医者にかかる10か条」をご存知でしょうか。ここには医者に上手にかかるためのコツや患者としての義務が書かれています。

医者にかかる10か条

  1. 伝えたいことはメモして準備
  2. 対話の始まりはあいさつから
  3. より良い関係作りはあなたにも責任が
  4. 自覚症状と病歴はあなたの伝える大切な情報
  5. これからの見通しを聞きましょう
  6. その後の変化も伝える努力を
  7. 大事なことはメモを取って確認
  8. 納得できないときは何度でも質問を
  9. 医療にも不確実なことや限界がある
  10. 治療方法を決めるのはあなたです 〜治療の効果や危険性もよく相談しましょう〜

 患者さんが医師から十分な説明をうけ、理解と納得がいったときに、はじめてその治療に合意する事を“インフォームド・コンセント”といいます。医師であっても患者さんとの合意なくメスで人を切れば、それは手術という治療ではなく傷害という犯罪です。捕まります。医師は患者とのインフォームド・コンセントがあるから逮捕されないのです。医師は患者さんに説明とアドバイスをし、患者さんが選んだ治療をほどこすにすぎません。
 私もあまり警察は好きではありません。患者さんにはぜひ10か条を思い出していただき、医師の説明内容を十分理解する努力をしてただきたいと願います。

【セカンドオピニオン】

 ラーメン屋に入って一口食べるや否や「すみません。この辺でもっとおいしいラーメン屋さんを知りませんか?」と聞ける勇気のあるつわ者はそうはいないと思います。たぶん塩でもまかれて「2度と来るな!」と怒鳴られるのが関の山です。しかし医療の現場ではそれが可能です。
 担当医師の説明や治療に納得がいかないこともあると思います。そのような場合、患者本人やその家族が最初にかかった病院の検査データを借り出して別の専門医を受診し、「第二の意見」(セカンド・オピニオン)を聞くという方法があります。
これは患者さんの当然の権利です。しかしどうしても担当医師に言いだしにくい場合は、「医者の知り合いがいるので一度相談してみたい。私の検査データを貸してください」と頼んでみるのも手です。もっとも最近は、そんな姑息な手を使わなくても、大抵の場合はあっさり応じてくれます。もしそれでイヤな顔をしてデータの貸し出しを拒んだら、それ自体、かなりレベルが低いか、治療に自信のない証拠です。何も言わずに転院先を探したほうが無難です。

【究極の方法】
 
 とはいっても、実際には医者の言うことを全部理解して自分で自分の治療法を決めることは難しいかもしれません。私も患者の立場で医者にかかることがありますが、忙しそうな医者にねほりはほり聞くことはなかなか気が引けます。また医師の私でも、専門が違えば正直言ってその説明内容全部を理解することはできません。そこで私が以前先輩医師から習った方法で、難しい医学的な話や理屈を抜きにして、簡単に医者の言うことが分かる究極の方法をご紹介します。「もし自分が私と同じ病気になったら先生はこの治療を受けますか?」、もしくは「もし自分の家族なら、先生はどの治療法を選択しますか?」といった質問をします。自分のやっている治療に関して良い面、悪い面、嫌と言うほど知り尽くしている現場の人間に「効果も副作用も治療成績も全部込み込みで、自分だったらその治療を受けるか?」と聞くわけです。
この答えはかなり参考になります。またこのときの答え方で「この医者の言っていることは信用できるな」とか、「自信がなさそうだな」といった事が分かります。

さらに「自分だったら」という前提をつけることで医者は患者さんの立場になってより深く、親身にあなたの病気について考えるものです。
 ただし医者も人間です。変な勘ぐりをしていると思われると、その後の人間関係が崩れます。くれぐれも話の流れでさりげなく、ちなみに、といった感じで聞くのがポイントです。治療方針の決定や、どの病院で治療を受けるかなど、本当に迷った時だけ試してみてください。

【ちなみに】
 
 一般論ばかりで、自分のことに触れないのは無責任と思いますので蛇足ながら。「あなたがもし肺癌になったらどうしますか」と患者さんに聞かれたら。「いままで約10年間いろんな病院を回りましたが、私なら当院で治療を受けます。そしてもし手術が必要であれば、当科の井上部長に手術をしてもらいたい。それでだめなら諦めもつく」が今の私の場合の正直な答えです。

 

 

 

 

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