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「全身麻酔について」

第2麻酔科部長 朝 日 丈 尚

 某大学麻酔科教授のH先生がTV番組で「病院で使われている麻酔にはなぜ効くのか解明されていないものがある。」と発言、「82へぇ」を獲得されたのを皆さんは覚えておいででしょうか?実は全身麻酔薬(吸入麻酔薬)の作用機序は未だによくわかっていないのです。
  160年程前、米国で流行っていた「笑気を楽しむ会」で笑気を吸入した若者がすねを思い切り打ったのに全く痛がらないのを目撃した歯科医が「これは麻酔ではないか!」とひらめいたのが全身麻酔の始まり(の1つ)とされています。以来、多くの研究がなされ、例えば脳活動を抑制する物質、GABAが発見されます。静脈麻酔薬の多くはGABA受容体(-R)を強化するように作用します。吸入麻酔薬もGABA-Rを強化しますが、一方で興奮性シナプスは抑制する等、他にも様々な作用部位が確認されていて、「何が麻酔作用の本質か?」がわからないのです。そもそも麻酔薬のターゲットである「意識」や「記憶」のメカニズムすら完全には解明されていないのです!世界中の科学者の頭脳をもってしても、私のぼんくらな脳みそを理解できないということです。
  さて、わからないとばかり言ってはいられません。先達の多くの経験から、麻酔科医は安全に全身麻酔を行う方法を学んできましたし、麻酔薬も改良を重ねられ、今はとても安全性の高い薬物となっています。また術中患者さんの状態を把握するための生体モニターの開発もまさに日進月歩です。麻酔薬自体が危険だった時代は過ぎ去り、今や「患者さんの術前の全身状態」が術後の疾病率と死亡率を決定する最重要因子だとわかっています。例えば同じ「糖尿病」でも良く治療されているか否かで、麻酔、手術のリスクはまるで違ってきます。出来る限りベストコンディションで手術を受けていただくために、また患者さんごとの合併症を予測し、対策を講じるために麻酔前診察がとても重要です。また、そのように計画を立て、実行した麻酔の結果を知るために術後にも回診を行い、その経験を次の麻酔に生かします。
  麻酔の作用機序の解明は理想的な麻酔薬、麻酔法の開発につながる未来への宿題ですが、さしあたり、目の前の患者さんの麻酔を計画、実行し、経験を次に生かす。この作業の繰り返しにより、いま可能なベストの麻酔を提供できれば。この麻酔科医の脳みそはそんなことを意識しながら、今日も患者さんの意識をとります。

 

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