少し古い統計ですが、2019年に日本人男性でもっとも多く診断された癌は前立腺癌でした。その後には大腸癌、胃癌、肺癌、肝臓癌と続きました。おそらく現在でも、その状況が大きくは変わっていないと考えています。
前立腺癌が増えた原因としては、高齢化、食生活の欧米化、PSA(Prostate Specific Antigen、前立腺特異抗原)検査の普及が挙げられています。
PSAは特殊なタンパク質で、約30年前に発見されました。PSAのほとんどが前立腺細胞の中で作られるとされて、何らかの原因で前立腺組織が損傷を受けると細胞内から細胞外に出て、血液中に遊離してきます。PSA自体は、前立腺癌細胞が作るタンパク質ではありません。そして、前立腺癌以外では、その値が上ることはありません。血液検査にPSAが検診項目に組み込まれてから、前立腺癌の診断と治療が大きく変わることになりました。日本泌尿器科学会が推奨する基準値を、図1に示しました。
50歳代と60歳代前半の男性では、基準値が低く設定されています。癌の持つ意味が年齢によって異なりますし、比較的に若い男性では一般的には早期に癌を見付けて治療に移る方が良いと考えられるためです。そしてPSAの優れたところは、前立腺癌の発見の契機となるだけでなく、前立腺癌と診断が付いて治療が始まった後の経過観察にも非常に有用だということです。さまざまな癌治療が始まって効果があった場合に、PSA値は低い値で推移します。しかし、不幸にも癌が再発・再燃を来すと、PSA値が上ってくることになります。
このPSAですが、前立腺癌以外にも急性前立腺炎でもPSA値が上がります。当科では以前に急性前立腺炎の際にPSA値がどのような動きをするのか、調べたことがあります。図2に示しましたが、抗菌化学療法を行って治療効果が得られると、約1か月後には以前の値にまで低下します。また、良性疾患である前立腺肥大症でも、大きな肥大症だとPSA値が高くなることもあります。
前立腺癌は診断された時に既に、かなり進行して骨やリンパ節転移を来してしまっていることでなければ、その進行は普通は緩徐とされています。PSAの動きとして緩やかに上がり続けるような場合には、強く前立腺癌を疑うことになります。しかし、値が上ったり下がったりする場合には、まったく否定することはできないものの前立腺癌とは考えにくいと考えています。また、ごく稀にPSAが上らない前立腺癌もありますので注意が必要です。
このPSAですが、時にジレンマを感じることもあります。それは前述しましたように、何ら症状もなく静かに眠っているだけの「前立腺癌」を見つけ出して、患者さんに治療にともなく苦痛を強いることになる可能性があることです。実際の診療では、いつもこのようなことを考えながら行っています。
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